ライパ♪

tokyoマイムカレッジ・ライブパーティー

かけくみ:コーポリアルマイムは頭が固いのか。

代々木公園で夜練習してきました。

今回はAプロで、ソロを上演するのと、DプロでTOKYOマイムカレッジのロッキンダンス部の作品に出るので、そのお稽古。

外灯はありますが、殆ど暗闇で人影もまばら。そこで裸足になって、頭が空っぽになるまでとりあえず動いてー。動いてー。

気持ち良かったし、それなりには体を動かせれた。

欲を言えば、もっと時間が欲しいですな。

翌日の予定とか、やらなくちゃいけないことに囚われない時間が、もっと欲しい。

まぁ、もっと、もっと、と、渇望する気持ちがあるのも、個人的には好きです。

ところで私かけくみは、コーポリアルマイムというものを時々やります。

旦那のomiちゃんも自身のパントマイム表現に、コーポリアルマイムの技法の入った作風で、作品作りをしています。私も追い追いそのような作品を作りたいと思っているけど、道半ばです。

今回の7/8(金)のライパAプロで、約一年三ヶ月ぶりに上演するコーポリアルマイム。

エティエンヌ・ドゥクルー作「工芸職人」をやります。コーポリアルマイムを演る人は必ずやらないといけない作品で、私自身が演ずるのは初挑戦。

一年三ヶ月も空いてしまった。

なんでコーポリアルマイムを、たまにしかやらないかというと、「すごく良かったです!」って意見と、「分かんなかったなー。あんまり好きじゃない」って人と、いつも意見が割れるからです。技量が至らないのは精進しますが、「分かんない」って言われると、まぁ、やっぱ少しはショックを受けるし、私がパントマイムを表現していると思った人から、頓珍漢なダメだしを受けると、コンチクショウと思います。

ご意見を純粋に感謝する私と、このヤロー好き勝手言いやがってと思う私のせめぎ合い。

実際問題、私自身も、クラスで教わった理論を鵜呑みにすると、コーポリアルマイムという表現自体に無理があるなとも思っています。歴史の浅い表現ですし。

継承している表現者達が、発展させないといけないのだろうなと思います。

偉そう?私偉そうですか?ぶん殴られますか。でもついでなんで、もうちょっとだけ。

コーポリアルマイムは、パントマイムの様に感情表現は無いし(微細なものはいちようある)、目線の表現も薄い。舞台が四角い空間ならば、人間の動きを直線や対角線、図形、円に当てはめて、その中で動く。リズムも一定数決めて動く。

しかしダンスでは無い。

様式美は素晴らしいです。

だけど理論が先走ると、西洋合理主義の匂いがしてしまう様な気がする。

「コーポリアル=肉体」って言うだけあって、鍛え上げることを要求されるし、人体構造学的には無理のあるキツいポーズも多いし、

空間、ストーリー、キャラクター、感情表現、リズム、身体性

と、パントマイムに要求されるものがあるとすれば、その中で身体性をとにかくクローズアップしようとします。

うーん。

だけど、様式美は素晴らしいのです。

人体構造学的に無理があっても、動きを直線に置き換えるという行為は、

単純化、という意味でアミニズムにつながっている気がする。私はアミニズムが超超超好きです。原始的な動きやリズムに惹かれる。

ので、

動きをひたすら直線と図形に置き換えるという、このキュビズム的な、一見すると合理主義的な身体表現を、

原始的な土臭いもの、人間の根源を抽出するもの

に出来たら、素晴らしいなぁーと思うのです。そして、私の大好きなパントマイムの融合。

そこまで出来たらホント素晴らしいよなぁー

なんて、

思っているのです。

それには、死ぬまで死ぬほど動かないとあかんですね。頭も体も空っぽになるまでか。

ふぅぁぁぁー。

合掌なり。